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執筆者の写真辻信一

森の木々はどうやって話すのか(前) スザンヌ・シマード

スザンヌ・シマード著『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』は、魅力に溢れる本だ。それは今、あちこちで、そしてさまざまな分野で、同時多発的に起こりつつある世界観の大転換の一角を示す重要な書だ。この本については、ぼくもこれからいろいろな機会に触れることになるだろう。


ここでは、2016年、カナダのバンフにおける著者シマードのTEDトークを紹介したい。日本語字幕で見ることができるのぜひ、一度見てみてほしい。参考になればと、2回に分けてぼくなりの拙訳を書き出してみた。まずは前半。




森の木々はどうやって話すのか スザンヌ・シマード

How trees talk to each other | Suzanne Simard

2016 TED (YouTube)



森の中を歩いていると想像してみてください。木々の集合体が頭に浮かんでくるでしょ。私たち、森の管理人たちが「林分」と呼ぶその集合体は、木々の粗い幹と美しい林冠からなっています。樹木は確かに森林の基盤ですが、森林は見えているものが全てではないのです。


今日、私は皆さんの森林観を変えたいと思います。地下にはもう1つの世界、延々と経路が張り巡らされた生物学的世界が、木々を繋げ互いに交流させ、森をあたかも1つの生き物のようにしていて、それは知的動物さえをも思わせます。こんなことをどうして知ったのか、その経緯をお話しします。


私はブリティッシュ・コロンビアの森の中で育ちました。森の中で仰向けに寝転がり、巨人のような樹木を見上げていたものでした。それは壮観でした。

私の祖父も大きな人でした。木こりで、内陸部の雨林で杉の木を択伐して馬で運び出していました。祖父は私に、森が密やかに1つに繋がり、その中に私の家族がどのように編み込まれているか教えてくれました。私は祖父の志を継いでいます。祖父も私も、森に対する好奇心を持っていました。


最初に私の森に対する目が大きく開かれたのは、湖畔の野外トイレでの出来事で、でした。家族の犬のジッグズがその穴に滑って落ちた時のことです。祖父はシャベルを片手に駆けつけ、ジッグズを助け出そうとしました。可哀想なジッグズは糞尿の中で泳いでいました。祖父が地面を掘ったその時、そこに現れた根に私はとても興味を覚えました。その下にはのちに私が知ることになる白菌糸体があり、さらにその下には、赤や黄色の鉱物の層がありました。結局、祖父と私はジッグズを助け出しましたが、その時、私は気づいたのです。木の根と土壌が一緒になった層が、森林の本当の土台になっているのだ、と。


私はもっと知りたいと思い、林学を勉強しましたが、気づけば商業伐採を管理している有力者の側で仕事をしていました。森林皆伐はもはや警戒レベルでした。その皆伐の側で仕事をしている自分に葛藤がありました。それだけでなくアスペンやカバノキは除伐や薬剤で取り除かれ、その場所にもっと商業的に価値のあるマツやモミの木を植えるのには驚かされました。この容赦ない産業機構の歯車は何ものも止められないかのようでした。


それで私は大学に戻り、森の隠れた分野の研究を始めたのです。その頃、研究室での実験でマツの幼根同士が炭素を送り合えるとわかったばかりでした。それは研究室でのことでしたが、同じことは森林でも起きているのだろうか。きっとそうだ、と私は直観しました。そして、木々は地下で情報も交換し合っているかもしれないとも思いました。


でもそれを理論と呼ぶにはあまりにも未熟で、ばかげた話だと見なす人たちもいて、研究費はなかなか下りません。それでも私は諦めませんでした。そしてついに、森の奥深くに入って実験をするに至ったのです。それは25年前のことです。


3種の樹木から80株の子苗を育てました。アメリカシラカバ(paper birch)、ダグラスモミ(Douglas fir)、ベイスギ(western red cedar)です。シラカバとモミは地下網で繋がっていても、スギはそうではなく、自分だけの世界にいると私は予想していました。そこで私は自分の機器を掻き集め、お金がなかったので倹約するため、ホームセンターのカナディアン・タイヤに行き(笑)、ポリ袋、ガムテープ、ブラインド・クロス、タイマー、使い捨て上着、ガスマスクを買いました。それから大学からハイテク機器−−ガイガーカウンター、シンチレーション検出器、質量分析計、顕微鏡を借り、さらにとても危険な物を用意しました。炭素14、放射性同位体の炭酸ガスが一杯の注射器と、高圧ボンベです。ボンベには炭素13、安定同位体の炭酸ガスが入っています。ちゃんと許可はもらっていましたよ。(笑)


でも大事なものを忘れてました。虫除けのスプレーと、熊除けスプレーと、ガスマスクのフィルター。あーあ。実験の第一日目、予定の場所に行ったけど、子連れのハイイログマに追い払われてしまいました。熊除けのスプレーを持っていなかったから。カナダの森での研究はこんな宿命にあります。(笑)


その翌日戻ってみると、母熊と子熊はもういませんでした。今度こそちゃんと研究を始められます。紙の使い捨て上着を着て、ガスマスクをつけ、それから、ポリ袋を苗木にかぶせ、巨大注射器を取り出し、ポリ袋に炭素同位体トレーサーの炭酸ガスを、まず最初にカバノキに注入しました。放射性ガス、炭素14をカバノキの苗木にかぶせた袋に注入し、次はモミの木に炭素同位体 炭素13の炭酸ガスを注入しました。同位体は2種類使いました。これら3種の木々の間で、お互いに交流し合っているのか調べたかったからです。80番目の最後の袋に取りかかろうとしたところ、突然ハイイログマの母親が再び現れ、私を追ってきました。私は注射器を頭上に持ち上げ、蚊を追い払いながらトラックに飛び乗った。思いましたよ、「だからみんな研究室で研究するんだ」ってね。(笑)


1時間待ちました。これくらいの時間があれば、木は光合成で二酸化炭素を吸収し、糖に変えて根に送っているだろう。そして私の推測では、恐らく地下で近くの木々にも炭素を送っているだろう、と。1時間してトラックの窓を開け、母熊がいないか確かめると・・・、よかった、向こうの方でハックルベリーを食べています。それでトラックを降りて再び仕事に取りかかりました。最初のカバノキの袋を外し、ガイガーカウンターをカバノキの葉に当てると、クシュー! 上出来。カバノキは放射性ガスを吸い込んでいました。


審判の時が来ました。モミの苗木まで行き袋をとり、ガイガーカウンターをモミの木の葉に近づけると、世にも美しい音を聞こえる。クシューーー! カバノキがモミの木に、「お手伝いしましょうか?」と話しかけ、モミの木がこう答える、「少し炭素を分けてもらえませんか? 誰かが私の上に布を被せて日陰になっているんです」。私はスギ(cedar)に近づきガイガーカウンターをその葉の上にかざしました。すると予想どおり、反応なし。スギは自分だけの世界に居て、カバノキとモミの木との対話網には繋がっていないのです。私は興奮して、次から次に80ヶ所全部植樹した苗を調べて回りました。この結果、明らかに、炭素13と炭素14でアメリカシラカバ(paper birch)とダグラスモミ(Douglas fir)の活発な交流が証明されたのです。


この実験をした同じ年の夏には、カバノキ(アメリカシラカバ)はモミ(ダグラスモミ)の木からもらう量より多くの炭素をモミの木に送っていました。特にモミの木が陰になっている時はそうでした。その後の実験では、反対に、モミの木がカバの木からもらうより多くの炭素をカバノキに送っていることが分かりました。それは、葉を落としていたカバノキのそばで、モミの木がまだ成長していた時です。このように、この2種の樹木は相互依存の関係にあることがわかったのです。その関係はまるで、陰と陽です。


その瞬間、私の中のすべてが焦点を結美ました。私にはそれが大きな発見だということが分かっていました。森の木々がどのように相互に関わりあっているか、についてのこれまでの私たちの見方を一変するような大発見だと。それは、木々は競い合っているだけではなく、協力し合っているのだということを示しています。壮大なる地下の交流ネットワークというもう一つの世界がある証拠が見つかったのです。


この時、私はこの発見によって林業のあり方が変わることを心から願い、信じたのです。皆伐や薬剤で樹木を枯らす方法から、もっと包括的で持続可能で、実用的でもっと低コストな方法に変わることを。しかし、現実はそんなに甘いものではなかった・・・。そのことは後でお話しします。


森林のような複雑な構造を、科学でどうすればよいのでしょう? 森林の科学者ですから、森林で研究をしなくてはなりません。それはお話しした通り本当に大変です。熊からうまく逃げ切らなくてはなりませんが、なによりも、いかなる困難が立ちはだかろうと屈せず、直観と経験を頼りに、意義のある疑問を持ち、データを集め検証しなければなりません。私は森で何百もの実験を行いそれを発表してきました。その中で最も古い実験地は30年以上前に作られたものです。今も確認できます。そうやって森の科学者は研究しています。




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