こんにちは!ナオキンです。地域主義の第7回は、「社会的共通資本」の思想の産みの親である、故 宇沢弘文東京大学名誉教授です。日本が世界に誇る著名な経済学者であり、愚輩の私が誠に恐縮ですが、宇沢先生に触れずにこれからの地域主義は語れない、という思いから、拙文を記させて頂きます!
●宇沢弘文先生の履歴と御業績について
(宇沢先生に関する書籍より)
・1928年 鳥取県米子市生まれ、3年後東京へ移住
・旧制一高では文武両道、ラグビーに熱中すると共に数学的能力に傑出。医者を目指していたが数学の道へ。
・東京大学理学部数学科へ進学、数学と経済学に打ち込む。河上肇の「貧乏物語」とその中のジョン・ラスキンの言葉に出会い、「社会の医者」である経済学者になることを決心。大学院特別研究生、統計数理研究所、保険会社等職を転じながら経済学者を志す。
・1956年、スタンフォード大学のケネス・アロー教授に論文を認められ、助手として招かれ渡米、助教授就任。
・数理経済学による「二部門成長モデル」「最適成長理論」等でノーベル賞級の業績と評価を受ける。後にノーベル賞を受賞するスティグリッツ、アカロフ両氏を指導。
・1964年、シカゴ大学へ。36歳の若さで教授就任。同大学でマネタリズム(貨幣数量説)を提唱していたミルトン・フリードマンを批判(フリードマン氏の理論はその後、レーガノミクス、サッチャリズム等、その後の世界の経済学の主流となり、後に新自由主義、市場原理主義と呼ばれる)。1968年突然の帰国、東京大学へ。(著名な経済学者サミュエルソンの評「国際的名声の頂点にあるときに、シカゴ大学の地位を放棄した」)
・公害問題と出会い、社会運動家として水俣病等に深く関わる。宮本憲一氏の社会資本論(容器(環境)を重視する政治経済学)に影響を受ける。
・1974年、「自動車の社会的費用」刊行。社会的共通資本を自らの経済学の
主要課題とする。
・1983年、文化功労者受賞。
・経済学者として地球温暖化問題にいち早く取組み、1991年開かれた初の温暖化会議(ローマ会議)で、途上国に配慮した国民所得比例型の炭素税(宇沢フォーミュラ)と大気安定化国際基金を提言、評価を受けて京都会議への道を拓く(宇沢氏は「排出権取引」は有効でないとして反対の立場をとった)。
・1991年、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世からの依頼で新たな回勅「レールム・ノヴァルム」の作成に協力、「社会主義の弊害と資本主義の幻想」をテーマに社会的共通資本の考えを進言。(回勅の後の9月にゴルバチョフ大統領のソ連崩壊)
・成田空港三里塚闘争の調停役を引き受ける中で、農の営みの論理とコモンズの思想を深め「農社」を構想する。
・2000年、「社会的共通資本」(岩波新書)刊行
・ダム問題、沖縄基地問題、TPP反対等、社会運動家としての言論活動(「TPPは社会的共通資本を破壊する」)
・2009年、ブループラネット賞受賞。
・2011年3月、東日本大震災の10日後に脳梗塞で倒れ、闘病の後2014年に86歳で逝去。
・没後も「孤高の大経済学者」(「東洋経済」誌の表現)として評価を受け、コロナ禍で社会的共通資本が再び注目されている。
(氏の評伝については、交流のあったジャーナリストの佐々木実氏著「資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界」、600頁余りの力作が大変参考となりました。)
●「コモンの再生」(人新世の資本論)との共通点について
ここで、斎藤幸平先生の『人新世の資本論について。人新世とマルクスという巨視的、メタ認知の視点から資本主義自体のあり方を見直し、脱成長を訴える衝撃的な内容を、小生も大変興味深く拝読しました。
そして、個人的にこの著作の肝と思った部分が、「コモン」の概念についてです。同書141~142頁から抜粋します。
「・・・〈コモン〉とは、社会的に人々に共有され、管理されるべき富のことを指す。・・・第三の道としての〈コモン〉は、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す。
より一般的に馴染みがある概念としては、ひとまず、宇沢弘文の「社会的共通資本」を思い浮かべてもらってもいい。・・・〈コモン〉の発想も同じだ。ただし、「社会的共通資本」と比較すると、〈コモン〉は専門家任せではなく、市民が民主的・水平的に共同管理に参加することを重視する。そして、最終的には、この〈コモン〉の領域をどんどん拡張していくことで、資本主義の超克を目指すという決定的な違いがある。」
実は、宇沢先生は今世紀に入って以降、社会的共通資本の考えを市民、地域、自治体の共同管理の形で具現化する構想に挑戦されていたのです。
●社会的共通資本(コモンズ)と信州の関わりについて
宇沢先生は、田中康夫長野県知事(在任2000年~2006年)が発表した「脱ダム宣言」を高く評価、知事の要請により県総合計画審議会の座長に就任し、議論の中から生まれたビジョンが、『未来への提言~コモンズからはじまる信州ルネッサンス革命』でした(2004年3月策定)。
(ビジョンの内容は「田中康夫 信州ルネッサンス革命」で検索可。宇沢氏編著「社会的共通資本としての川」(2010年)第5章には宇沢氏個人のビジョンの解説と強い思いが綴られています)
その骨子は、
○20世紀型工業社会の行き詰まりは、社会的共通資本を適切に管理・運営してこなかったことに起因
○21世紀型の真にゆたかな社会を創り上げていくためには、社会的共通資本とコモンズの考えに基づき、市民一人ひとりが主役となり、それぞれの地域生活の場において「大切なもの」を自分たちの手に取り戻し、守り育んでいくこと。
○行政は、コモンズの活動を支援、補完し、制度的諸条件を整える役割を担う。
【補足】
・ここでは、「コモンズ」とは、さまざまな形態をとるが、いずれも、ある特定の人々が集まって協働的な作業をして、地域の特性に応じて持続可能なかたちで社会的共通資本を管理・維持するための仕組みとされる(伝統的な入会地、結、講を参考)。
・宇沢氏は、社会的共通資本を、山、森、川、海、水、大気などの自然環境、道、水道、電力などの社会的インフラストラクチャー、そして教育、医療、金融、司法、行政、出版・ジャーナリズム、文化などの制度資本の3つに類型化、農村や都市も重要な社会的共通資本として考えていた。
この「宇沢ビジョン」とも言うべき未来への提言は、残念ながら、県政の枠を越えた幅広い理解や共感は得られなかったように思います。メディアや言論でさえ、宇沢氏の唱えるコモンズ(共有領域とそれを守る仕組)の可能性が十分に理解できず、多くがネガティブな「コモンズの悲劇」の議論までで思考停止していたようでした(辻信一先生は、御著書『スローライフ100のキーワード』(2003年)の中で、コモンズの本質について、イバン・イリイチ他を参考に記されています。エリノア・オストロム氏がコモンズ論でノーベル経済学賞を受賞したのも2009年の事だったそうです)。
佐々木実氏の著作でも、宇沢氏は晩年、社会的共通資本を実際の政策に受け入れられない孤独感を感じておられたようです。
しかし、気候危機、地球生態系の危機、パンデミック等、時代の転換期を迎え、斎藤幸平氏の著作を通じた時代の共感も得て、社会的共通資本の価値が再び輝きを取り戻し始めているように思います。そして、長野県が、個性的な市民派知事の下、先駆けてその価値を議論しローカルから世に問うたという民主主義の実験は、信州人として誇りに思って発信してよいのでは!!とも思うのです。
最後に、内橋克人さんによる宇沢先生を讚美する文章で締めさせて頂きます。
『「名医」は臨床と基礎を絶えず往き来するという。現象の意味するところを基礎医学にさぐり、ふたたび患者に向き合って生かす。宇沢弘文氏は成田空港建設によってもたらされた紛争を「戦後日本の悲劇」ととらえ、成田農民とともに苦楽をともにしながら解決策を提示した。地球温暖化問題への広範な理論体系は京都議定書の結実へとつながった。教育、医療、社会保障、農業・・・・・およそ人間の生存条件にかかわるテーマのすべてが宇沢弘文氏の宇宙である。「社会的共通資本」を基軸概念とする宇沢経済学は、「新しい経済学は可能か」と問う、せっぱ詰まった時代的要請へのもっとも力強い「解」なのである。「始まっている未来」の兆しが確かな実像として輝いている。2009年10月に行われる同氏の「ブループラネット賞」受賞の日を心からの喜びとしたい。』
(宇沢・内橋共著「始まっている未来~新しい経済学は可能か」より)
今後は、コモンズ学派として尊敬する、もう一人の先生をご紹介したいと思います。御覧頂き、ありがとうございました!
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