マシュピを訪れたのは2年ぶり。その間、彼らがチャレンジし始めたのは、森林農法の一種であるシントロピック農法と言われる農法です。みなさんは聞いたことがありますか?Syntropicとは、古代ギリシャ語の「共に」を意味する「syn」と「廻」を意味する「trepein」に由来する言葉で、さまざまな作物と在来植物を密植することで、原生林のような自然の生態系に近づけていくことを目指す農業です。長い年月をかけて、何もないところに有機物が積もり、草が生え、木が生え、やがて森になっていく過程を自然遷移と言いますが、それはすなわち自然が不毛の土地から肥沃で密生した植物が生い茂る土地へと再生させることであります。これまでも、大地再生のために森林農法を行ってきたマシュピですが、さらに植物群落の基本、土壌の健康状態、菌類や自然の成長促進などに有用な要素を理解することが必要になります。
マシュピ農園。奥に見えるのが、カカオ豆の乾燥&発酵所。
私がとても驚いたのは、植物の組み合わせです。自然遷移の過程で、真っ新な土地に最初に生える先駆植物たちは、私は単に環境に適したものが生えてくるだけだと思っていましたが、根が、葉が、幹が、花が、次に生えてくる、より大きな、より成長に時間のかかる植物たちを迎える準備をしているのだそうです。つまりそこに生える先駆植物が緑肥そのものになります。さらに植物の成長速度、成長する高さと幅、ライフサイクルなどが違う植物の種や苗木を同時に寄せ植えのように高密度で植えるのです。その組み合わせの考え方はパーマカルチャーでいうところのコンパニオンプランツとは違います。私の解釈ではありますが、コンパニオンプランツの考え方の主体にあるのは人間で、害虫がこないようにするとか、他の植物に栄養になるとか、有機物を与えるとか、そういう役割を「担わせる」感じがする。しかしこの場合、主役はあくまでも植物で、森のように植物が互いを与え合い、補え合う関係性を作っていく。ある程度育ったら今度は大胆に剪定していく。日陰の量を5%くらいまでに落とすほどにバンバン切って、太陽光を当てる。森では自然に起こることですが、たとえば古木がその寿命を終えたり、土砂崩れが起こったり、あるいは獣たちが通ったり(日本のツキノワグマが食べ物を探すため森を歩くときに枝などを折ることがその典型)することで、木が倒れ、森に隙間ができ、光が入ります。このことをライト・ギャップといいます。光というエネルギーが土壌や葉に照射され、植物のホルモンを刺激し、種子や若い樹木のための資源が生まれ、発芽や開花などの成長を促します。森における種の多様性が保つための一つの重要な要素です。
自然の中で、土砂崩れにより、森が開かれ、光が入っている状態。倒れた木々が地表を厚く覆う。
この農法では、この光を入れる作業を人間が行います。アグスティーナさんは、シントロピック農法は、「光を取り入れる芸術」と呼んでいます。
森ができていくプロセスと重ね合わせたシントロピック農法の説明をしてくれるアグスティーナさん。
マシュピでは、人々が学ぶことができるワークショップなどをたくさん開催している。
さらにそこで剪定した枝葉、そして特に太い幹はそこの表層を厚く覆い、分解され、そこで育った微生物が植物たちの栄養になっていくのです。たとえ有機であっても、自家製であったとしても、別の場所から持ち込んだものではなく、その場の菌がたっぷりというところがポイントです。エネルギーと栄養の地産地消というところでしょうか。こうして植物同士や菌類などの関係性がうまくいくように促す。まさに植物同士のコミュニケーションとコミュニティー作りなわけです。
土に置かれた幹が分解したもの。養分と酸素をたっぷり含み、ふかふか。
カカオの生育環境でいうと、今彼らが試しているのは、トウゴマと呼ばれる多年草、カカオ、大豆、とうもろこし、かぼちゃ、パパイヤ、タロイモ、きゅうり、ピーナッツ、トマト、バナナ、パイナップルとそしてなんとユーカリなどを一緒に植えているのです。ユーカリといえば、私が住む高地コタカチでは、水分を全部吸い取り、あっという間に根っこを深く深く張るため、農地としてはもう使い物にならなくしてしまうので、「悪者」扱いです。でもこの農法では、「雑草」と呼ばれる草木と友達になる感じ。むしろ何にもしなくても肥料をあげなくても、水をやらなくても生えてくれるエライ奴的な存在です。無造作に植えられているようで、今のところどれも仲良く成長しているように見えます。
カカオは見えないが、カカオとたくさんの植物が植えられている畑。
彼らもまだ実験段階と言っていますが、まだカカオは植えたばかりなので、カカオ農園として機能するかはまだ未知です。でも既存のカカオ畑の方でも太い幹を置いて、時間をかけて分解させて、肥料にしています。100%これだけに頼っているわけではありませんが、重い肥料を運ぶ必要もないし、幹に食べられるキノコが生えてきたりして、一石二鳥だと彼らは言っていました。
アレホさんと歩いているときに、「この農法の究極的な目的は何?人間なしで、森が勝手に生産してくれるようになること?」と聞いてみました。彼はこう答えました。「そうじゃなくて、森のサイクルに人間が合うようになること。人間対森ではなくて、人間が森に同調するようになること」と答えてくれました。今の段階では、作業は減っているどころか、増えています。というのも、一口に同調すると言っても、やってみないとわからないこともたくさんあるし、一度にたくさん植えるのも、枝や幹を切るのも実際にはとても大変作業だからです。でも、やってみる。「人間が森に同調する」というのは、「共存」よりずっと森ありきの言葉だと私には感じられます。これは言葉ほど単純なものではないことは私自身、自分の農業経験を通して痛感しています。これまでずっと大地、森を再生する森林農法を実践してきた彼らですが、また一つ森に近づいて行ったように感じられました。これからも必ずしもスムーズにいく保わけではないと思いますが、彼らのことだから、何かあってもポジティブに捉えて、森と仲良くしていく道を見つけていくのだと思います。
アレハンドロさんとアグスティーナさん夫妻。カカオが見えない「カカオ農園」の前で。
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